掬水月在手 九月の掛け物
掬水月在手
みずをきくすれば つき(は)てにあり 出典「于良史詩」
掬するとは水をすくうこと。月夜に池の畔で水をすくうと、そこに綺麗な月が写っていた。という情景が私は浮かびました。これも禅語ではなく、出典の通り于良史という人の「春山の夜」という詩の一節で、この句の対句で『花を弄すれば香衣(かえ)に満つ』と続きます。
ですので、本当は春を愛でる詩だと思いますが、日本では月は秋のイメージが強く、秋特に残暑がまだ強い時期の茶席に掛けられていること多いようです。掛け物はその茶席の主題を現わしている物なので、亭主の主観で決めています。他の道具との取り合わせによって席の趣向が組み立てられていますので、あまり元の出典がどうというのはこの場合は気にしなくていいかな?と思っています。
正客として招かれた場合、亭主といろいろと会話するわけですが、床や道具組などを見て趣向を感じ取り、質問などをしながら座を盛り上げていく役目があるのですが(一座建立)、逆に知ったかぶって「春山の夜」が出典であるの詩ですよね?と余計なことを言って亭主の顔を潰さないよう、会話の内容に気を付けましょう。例えばもし、軸の字が読めて意味もわかったなら、思い浮かんだ情景を述べた上で亭主のセンスの良さを何気に褒めるなどすると場も和み、亭主も喜び、連客の方も勉強になり、正客冥利に尽きると思います。