無想庵コラムCOLUMN

かるかん 一月のお菓子

かるかん 一月のお菓子

軽羹(かるかん)

一月限定のお菓子という訳ではないのですが、お勧めのお菓子をご紹介致します。

皆さんは、鹿児島名産の「軽羹(かるかん)」という名前のお菓子をお聞きになったことはないでしょうか。
語感からも何となく軽やかな、ふんわりとした和菓子を連想されるのではないでしょうか?

軽羹は、薩摩生まれの九州・沖縄地方特産の和菓子です。現在でも鹿児島県で最も多く作られており鹿児島の銘菓と言われています。 名前の由来は、文字通り「軽い羹」で、本来はういろうなどと同じく棹(状の)菓子です。( 羹という語は、中国では汁物のことをさします。その為、大陸(中国)系が起源と考えられています。 )最近では饅頭の形にして、中に餡を仕込んだ「かるかんまんじゅう」もあり、食べやすさから、こちらの方が一般的になっているようです。(確かに切るのが面倒…。こんなこと茶人が言っちゃいけないけど)

「軽羹」は原材料に自然薯(じねんじょ=山芋)をふんだんに使っています。 薩摩(鹿児島)では、昔から地元で良質な自然薯が育つことで知られていました。 空気をたっぷり含んで蒸されるため、ふんわりと柔らかく、他の和菓子に比べても際立っている白さが特徴です。味はコクのある旨味があります。

自然薯といえば、一般的に「麦とろご飯」や「とろろ蕎麦」に使われ、すり鉢やおろし金ですった「とろろいも」としてイメージされる方も多いと思いますが、昔から「とろろいも」としてだけでなく、和菓子の材料としても重宝されてきました。

軽羹が登場したのは、今から遡ること三百年ほど前。島津家二十代綱貴の五十歳の祝いの席に用いられたのが、最も古い記録となっているようです。
それ以後、他の大名家でも「軽羹」は祝い事に登場するようになりました。

記録に拠ると島津家は 七十七万石の 大名で、将軍家との間で何度もの縁組みが執り行われた有力大名でした。豪華な婚礼の三日・五日の祝いの儀で、三汁十菜のご馳走に「軽羹」は用意されたようです。婚礼・年始・賀儀などの重要な日に登場したようなので「軽羹」は格式高いお菓子だったという事になります。

薩摩藩主島津斉彬(なりあきら)公は、江戸で製菓を業としていた播州明石の人、八島(明石)六兵衛翁を国元の鹿児島に招きいれました。やがて六兵衛翁は薩摩の山芋の良質なことに着目し、これに薩摩の良米を配して研究を続け、類い稀なる美味「軽羹」の創製を成し遂げたという事です。 明石屋の「軽羹」は自然薯と米粉と砂糖で丁寧に作られます。良質な自然薯があってこそのお菓子であるといえるでしょう。

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