無想庵コラムCOLUMN

どら焼き 五月のお菓子

どら焼き 五月のお菓子

どら焼き

今月のお菓子は誰もが知ってるどら焼きです。私はずっとカタカナかひらがなで「ドラ」と言うものと思っていましたが、漢字もちゃんと在りました…。銅鑼焼きと書きます。大きな音を出す銅鑼ですね。確かに形がそっくりです。ドラえもんがあまりに有名過ぎて、ドラ焼きが正式だと思い込んでいました。因みに英語でも『dorayaki』といい、そのまんまです。やや膨らんだ円盤状のカステラ風の生地2枚で、小豆餡を挟みんだ和菓子。ちょっと上等になると、蜂蜜を入れて焼き上げるているので、しっとりとしたカステラ生地になっています。。

通常は蜂蜜やみりん等で保湿や香りづけをしたものが多いですが、地方によっては醤油、塩、麹、日本酒、抹茶、黒糖などを加えていて、様々な風味がありバリエーションは大変多いです。

名前の由来ですが、ウィキペディアに拠ると、やはり形が打楽器の銅鑼(どら)に似ていることからついたという説が有力だそうです。ただ諸説があって例えば

武蔵坊弁慶が手傷を負った際にとある民家で治療を受けた際、そのお礼に小麦粉を水で溶いて薄く伸ばしたものを熱した銅鑼に引き丸く焼いた生地であんこを包んだものを振舞ったことが起源だとも言われているそうです。確かにストーリー性があって良いですが、残念ながら時代考証すると弁慶の時代にはまだ小豆餡は無かったそうですので作り話ということになります。

江戸時代のどら焼きと現在のそれとでは形が違うらしく、昔は一枚の皮を端の部分から折りたたんでいて、形は四角く、片面の中央はあんこがむき出しだったそうです。現代の「どら焼き」は上野の「うさぎ屋」で販売された編笠焼が始まりと言われているそうです。

現在のどら焼きの生地は、ホットケーキの生地とほとんど一緒ですから、江戸時代以前のものからはかけ離れていると考えて普通だと思います。宮中の御用達の和菓子職人笹谷伊織さんは今も、江戸時代のどら焼きを作っていて毎月弘法大師の命日の21日及び前後二日の三日間だけ販売されています。写真で見るときんつばによく似た形をしています。(食べたことは無いので、味は不明です。すみません!)

関西では、どら焼きのことを「三笠焼き」とか「三笠まんじゅう」、「三笠山」などと呼ぶことがあります。お菓子の外見が奈良県の三笠山に似ているからですが、若い人には言っても通じません…。

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