無想庵コラムCOLUMN

光陰流若矢 十二月の掛け物

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光陰流若矢(こういん やのごとくながれる)

師走になるとこの言葉がよく聞かれます。先日のお茶席にもこの軸が掛かっておりました。現代ではどちらかというと「こういんは やのごとし」という方が多いと思います。 『光陰矢の如し』は漢文で『光陰如箭』と書かれていますが、中国の唐時代にあった詩が由来とされており、唐時代の詩人である『李益(りえき)』が『游子吟(ゆうしぎん)』という書物のなかで記しました。 これが『光陰矢の如し』の漢文としてのはじまりとされています。
時の過ぎ去る速さを矢が飛んでいく様にたとえていますが、表題の「光陰矢若く流れる」が正しい言い方なのか、いつ変わったのか誰が言い出したのかは調べた限り不明です。中国の書物や宗教が日本に入ってきた際に、伝来の過程で多少変化があったのかも知れません。他にも禅語大辞典によると、類語には光陰似流水、光陰流如矢と同じ意味の文字違いの句が載っています。                

年を取ると時間の流れが速く感じるとよく言いますし、私自身も一年が速いです。
先日ネットで調べていると、次のような言葉がありました。「人生は馬車に似ている。10代は1頭たての馬車、20代は2頭たて、30代は3頭・・・・、60代は6頭たての馬車。」
歳(年齢)を重ねるごとに、その速度(時の流れ)が速くなる、ということを例えた話です。
確かに子供の頃は、経験がなく何もかもが新鮮で、明日(未来・将来)にたいして希望や期待がありましたし、逆に騙されたり、利用されたりして痛い目にも会いました。初めてのことは、行っていることがおもしろくて、時の経つのも忘れる状態で物事に没頭しています
ところが、歳を経ると今行っていることは、以前にやったこともあるでしょうし、同じようなことが前にもあった、などちょっと一歩引いた冷めた感じになる時もありますね。新鮮味にかけ、物事に対する取り組みにマイナス思考が働くことがありますよね。

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