無想庵コラムCOLUMN

日々是好日 六月の掛け物

日々是好日 六月の掛け物

日々是好日(にちにち これこうにち)

映画のタイトルにもなったくらい超有名な禅語ではないでしょうか?お茶を習ってなくてもこれは一般化していますね。「好日」を『こうにち』と読むのか『こうじつ』と読んでいいのか意見が分かれるところです。私自身も『こうじつ』と読んでいますが、禅語の辞典を調べてみると、『こうにち』と読むようなので 上記の通り 表記しました。どちらにせよ漢語(中国語)からの出典ですから、漢語の先生がどう読むかの違いですね。出典はこれまた有名な『碧巌録(へきがんろく)』です。禅語と共に書物も2~3つくらいは名前が記憶にあると茶席での会話も幅が広がります。

訳は簡単ですが、勘違いしている人が多いのは、この好日を「すばらしい日」とか「良い日」と解釈していることです。外れているわけではないですが、正確には、もっと大きな意味で、素晴らしい!と言っているのです。日々、良いことも悪いことも起こりますが、苦しくても悲しくてもかけがえのない素晴らしい日だという理解がよりこの句を発した雲門和尚の真意に近いと思います。

芳賀幸四郎氏の『新版一行物』 によれば、喜怒哀楽にとらわれず暮らすことこそが、「好日」であるという教えを諭しています。「凡夫は『人生は楽しむものなり』と考え、悲と喜とを嫌い喜と楽とだけを吸い取ろうと取捨するのに対し、真の禅者は『人生は単に楽しむものではなく味わうものである。しかも悲喜苦楽みな人生の味わいである』として、これらを正 受 (しょうじゅ)して感情を全てを味わおうとするのである。また凡夫は喜び悲しむといっても、実は外境によって喜ばされ悲しまされているにすぎないのに、真の禅者は嬉しい時には自ら主体的に喜び、悲しい時には自ら主体的に悲しみ、これを味わうのである。こう生きれば順境はもとより可、逆境また風流である」とある。 と述べています。

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