無想庵コラムCOLUMN

閑座聴松風 十一月の掛け物

閑座聴松風 十一月の掛け物

閑座聴松風(かんざして しょうふうをきく)

閑坐 とは、一切の妄念を離れて坐禅すること。 松風 とは松の木に吹く風(の音)ですが、観念的には静寂の世界を表しています。茶の湯では茶釜の煮えたぎる音の中でも最上とされる音を松風と言います。

ですのでこの句は、晩秋の夜、静かな場所で松の枝を吹き抜ける風の音を、心静かに耳を傾けている様子を詠んでいます。私もこの一行は大好きですが、自然の中で聴く風の音よりも、釜の煮える心地よい音を聞きながら静かに茶を点てる情景を想像してしまいます。

芳賀幸四郎という方の『新版一行物』という書物には、「『閑坐』とは心閑かに坐ることであるが、その坐る場所は、深山の樹下石上や清浄な禅堂や閑静な茶室でなければならぬことはない。達人にとっては十字街頭の高層ビルの一室でもよいし、わが家の茶の間であってもよい。問題は『何で聴くか』である。『心の耳』で聴き、肚はらでよく味わってしみじみと聴くことである。松風の音を通して『天地の鳴佩めいはい』、すなわち宇宙の大生命の息吹きを聴き、それと合一する境に遊ぶことである」と書いてあります。

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