無想庵コラムCOLUMN

渓声山色 十月の掛け物

渓声山色 十月の掛け物

渓声山色(けいせいさんしょく)

この「渓声山色」という言葉は、蘇東坡(そとうば)という詩人が廬山で禅の修行をしていた時に禅師より公案を出された際、どうしても解けず、諦めて山を下りていた時に谷川のせせらぎが聞こえ、山を振り返ると素晴らしい風景が目に飛び込んで来ました。その時、解けなかった公案が分かり、その解釈を偈に書き表しました。その偈から一部を抜き出した言葉です。

渓声 便ち 是れ 広長舌 (けいせい すなわち これ こうちょうぜつ )  

山色 豈に 清浄身に 非ざらんや (さんしょく あに しょうじょうしんに あらざらんや)

意訳にはなりますが、谷川のせせらぎの音が、そのまま仏様の説法である。目前にある山の景色が、そのまま仏様のお姿にほかならない。 という意味です。

偈というのは、禅の修行僧が悟りを得た時に、韻文という形式で詠んだ詩のようなものです。偈頌(げじゅ)とも言います。 蘇東坡(そとうば) は、この偈により師匠より許しを得ることが出来ました。茶室で拝見する禅語の掛け物には、偈から一文を取り出して、書かれたものが多いです。今回は、文の先頭の文字を抜き出して四文字の禅語になったものです。

茶室で、禅語が掛かるの理由として、一行物と言われる禅語の3から8文字くらいの言葉を禅僧が書にされたものが、格が高く、相応しいからですが、第一の道具とされているくらい重要なものですので、茶会に呼ばれた際、禅語を知っていると軸が読めたり、意味が分かれば亭主の趣向も読み解けます。知的な話題が広がりますね!

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