無想庵コラムCOLUMN

無事是貴人 十二月の掛け物

無事是貴人 十二月の掛け物

無事是貴人(ぶじ これ きにん)

茶道をしてない方でも一度くらいは聞いたことがあるのではないでしょうか?大変有名な禅語ですね。出典は「臨済録(りんざいろく)」というこれまた禅宗界?ではメジャーな経典です。正確には臨済義玄という偉い禅宗のお坊様の語録です。

貴人(きにん)とは誰の事?と思われると思いますが、辞書的には高貴な人ということになります。今の日本には身分制度はないので、分かりにくいですが、昔でいう貴族とか皇族の方、大名などは身分が高いので貴人になるでしょう。茶道には貴人点(きにんだて)というお点前がありますが、その場合は 現代では皇族の方が貴人に当たります。しかし、一般人の我々が皇族の方をお茶にお招きすることはないので、例えば自分の尊敬する人とか、会社勤めなら社長や重役をお呼びする時などに敬意を込めて 、貴人点されるのも面白い趣向かと思います。なお、辞書では「きじん」とも出ていますが、お点前の貴人点は「きじんだて」とは言わず、「きにんだて」です。

ただ、この禅語の場合、貴人も意味がまた違います。貴(とうと)い人とは「貴い本来の自己」という意味です。現代語訳にすると『無事是貴人』は「平穏無事であることは何よりも貴い」という感じになると思います。しかし原文では『但(ただ)造作すること莫(なか)れ 祇(ただ)是平常(びょうじょう)なり』と続きます。造作するつまり計らいの心を持ってならない。それが平常、つまり平穏無事の境地であるというようなことをおっしゃっています。私たちにはどうしても外に向かって求めてしまう心があると思います。身近な人だったり、勤め先などの組織とか。そういう何か当てにする気持ちや計らいをしようとする計算とかを捨てない限り本当の無事、安心は得られないという悟りの言葉だと思います。

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